ツーアウト満塁空振り三振

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ロスジェネとか人生ナントカ第一世代として平成を終える

はてなのお題で適当に自分語りを書き始めたら終わらなくなってしまったやつ。せっかくなので更新しておきます。


13歳の誕生日の朝、忘れもしない土曜日でした。まだまだ年をとるのが嬉しい頃でしたので、「わーい誕生日!」と思って起きたところ、父から「天皇陛下亡くなったよ」と。毎日毎日、病状がニュースで伝えられていたので状況はすぐに分かったけれど、真っ先に思ったのが「せっかくの誕生日に聖闘士星矢が見れなくなっちゃう!」でした。特番で潰れるだろうと。この手の思考回路はあんまり変わってない気がする…兎にも角にも、平成という時代は13歳の誕生日翌日から始まりました。


この頃の大人たちは楽しそうでした。キラキラとかじゃなく、なんかギラギラしてた記憶。母はパート先の某都市銀行本店で今時のOLさんたちの話を聞いてきては、「あんたたちの時代もこのくらい景気がいいといいけどね…」と言っていたのを覚えています。現実的な父なんかは「まあこんなバブルはいずれおわるけどな」ともよく言っており、そして実際その通りになり、世の中の喧騒が落ち着いた感じがありました…のは、高校生になっていた私は私の生活にいそがしかったからか。テレビでは女子大生のお姉さん達が華やかで、バブル景気が崩壊したとかはニュースで知るだけでした。それよりも、これからやってくるだろう、花の女子大生時代を想像しながら、勉学に打ち込んでおりました。(バカだったからガリ勉しないと大学行けなかったんです)

そして、誰でも入れるわけじゃないけどそこそこ誰でも入れる大学に受かり(…って時の首相の母校をこんな風に言っちゃいかん)さて女子大生になったぞ!と思ったら世の中はコギャルブームへ。チヤホヤされなかった隙間世代。数年前までは分厚かったバイト情報誌が5mmくらいの厚さしかない、不景気で不遇な時代がやってきていたのでした。


1年生の後期試験の途中で阪神大震災が起こり、東灘区の親戚が何人か亡くなり、父は瓦礫の街に荷物を運びに行き、それから数ヶ月後に地下鉄サリン事件春分の日だったのでバイトしてました。千代田線ユーザーだったので、ラジオでニュースを聞いてショックを受けました。さすがにノストラダムスを信じてはいなかったけれど、世紀末ならではの世界の終わり感がありました。リアルがフィクションを超えてしまっていて、ものすごいニュースをワイドショウ的に見てしまっていてなかなかすごい時代だったと思います。それでも学生時代は楽しかったですよ。

インターネットに触れたのは96年の終わりだか、97年だったか。すぐに夢中になり、自分でタグ手打ちしてホームページなるものを作り始めました。ガーガーピロピロピロ〜の時代です。テレホタイム(テレホーダイという定額で使える時間帯、23時から)には妹と電話回線の奪い合いになりました。インターネットしてると電話かけられないってすごい不便だったなあ。でもあの頃HTML独学で書けるようになっていて良かったのは、それで今のお仕事が出来てるから。

就職したくないばかりに大学院に行って修了する頃やってきていたのは、ミレニアムと就職氷河期。希望の職種につくために(出版関係とか)バイトから始める人なんかも少なくなくて(社員の募集かけてない会社とか当たり前でしたね)、それでも私はとにかく早く社会の歯車になりたかったので適当に就活して内定も獲得しました。相変わらずネットで遊ぶのが好きだったので修論の出来は酷いものでした。まあ、簡単に言うと落ちこぼれていたので修論きちんと書けなかったんです。でも、自分が思ってるよりあほであることをわかることができたのは良かったと思います。謙虚になるからね。一応卒業させてくれたのはありがたいです。

私はややブラックな普通の会社に普通の給料で就職出来たのでその後も会社員人生をつつがなく送ることができたのだけど、ここでつまづいた人、または会社からドロップアウトしてしまった人はこのあと大変な世の中になるわけで、いわゆるロスジェネでもラッキーなほうだったのかもしれません。上を見ればもっとラッキーな人たちはいますけどね。食いっぱぐれてないと言うことはありがたいことでもあります。


勤め始めてから趣味に邁進する人生が始まってそれは今でも続いているんだけど、この頃の私はお年頃で、まぁ、結婚したいななんて時期もあったのですが、当時の同世代の男子達は、まー、結婚したがらなかった!女子は自分たちにリミット(出産的な意味で)があることを理解してるから結婚を急ぐのだけど、男子たちがそれから逃げ惑っていた印象があります。そのうち年下の男子たちが「早く結婚してパパになりたい」と言っているのを聞いて世代が違うなと感じたこともありました。おそらくですがまだまだ男子は養う、女子は家を守るみたいな価値観が強かったので、その経済的プレッシャーを負いたくなかったんでしょうね。それはそれでかわいそう。今どきの子達なら共働き当たり前かもしれないけど、私の頃はまだまだ女子が寿退社するのはめずらしくなかった。

付き合っていた人がいなかったわけじゃないけど、うまく結婚まで話が運びませんでした。(まあそれ以前に色々あるけど割愛)『負け犬の遠吠え』なんて本が流行りましたが、負け犬にはなりたくなかった…!結婚に焦ったりもしていた…!そんな2000年代前半。

勝手な印象ですが、平成もこのあたり一旦時代が終わるような気がするんですよね。明確なことはわからないけど。区切りがiPhoneの登場なのか、SNSなのか、はたまたリーマンショックなのかわからないけど、ゼロ年代の真ん中頃で一旦時代が変わってるように思うのは私だけでしょうかね。戦前戦後みたいな分かれ方。個人的には2005年に30歳を独身で迎えることを受け入れ、2007年にジャニヲタになったのでそのあたりから見える世界がガラリと変わったせいか、平成前期とも言える区切り感があります。しかしそのあとは日々生きることに必死で2010年とか何してたかあんまり覚えてない。ちゃんとブログ書いておけば良かったな。

この後、災害が起きたり仕事的な暗黒期もあるしパワハラもセクハラもブラックな働き方も無くなってはいないんだけど、個人的にはありがたいことに楽しくやってきたと思うんです。でも世の中はカツカツキツキツな遊びのない社会になっていることを実感します。それは私が言うまでもないか…。2013年頃からそんな感じ。

最近、ロスジェネと言われた我々世代に新しい名前がつきました。かつては団塊ジュニアとして受験戦争はそこそこ激しく、女子大生ブームに乗れず、コギャルブームにも乗れず、好景気にも縁がなく、昭和の価値観から抜け出せなくて苦労して、若い世代のスピードに驚いていたり羨ましく思ったり、はたまた不憫に思ったりしている地味〜な世代(というか昭和50年、51年生まれ)。新しい名前はバカバカしくて覚えたくもないけれど、私はまあまだうまくやれてる方なのでこの世代でよかった…とは思わないけど、やはりラッキーだったな、細かな判断は間違えたことたくさんあるけど、方向性は間違ってなくてよかったななどと思ってます。これからも地味に慎ましく、分相応で新しい時代を生きていきたいとおもいます。

※上記は個人の感想ですよ。


今週のお題「平成を振り返る」