ツーアウト満塁空振り三振

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花を飾る

こんにちは。

金曜日はとりとめのないことを書く日。

父の命日なので、昨夜花を買ってきました。普段花を供えたりしてないし父も望んでないだろうけど、命日くらいは飾ってあげないと拗ねて面倒くさそうなので、「忘れてないよ」の意味も込めて飾ります。

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ちょっと、可愛すぎたけど仏花じゃないからいいでしょう、私の趣味で。仏花なんか供えたら「そんなもん要らん」と怒られそう。

2014年9月9日の早朝に父は旅立って行ってしまったのだけど、そこから2年の間に私も生活がすごく変わった。その生活にも慣れて、新しい趣味なんかもできて、仕事だっていまだかつてないくらいにホワイトな環境になって、少し前だけど初めて仕事で表彰もされたりして。なんかいろいろあったなーと思うのだけど、2年という年月はそのくらいボリュームのあるものなんだなとしみじみ。

今度三回忌があるのだけど、それが終わるとなんだかんだ続けて行われてきた仏教行事が終わる。実は父の亡くなる半年前に母方の祖父が亡くなり、昨年末に父方の祖母が亡くなっているので、祖父の通夜・告別式・四十九日→父の通夜・告別式・四十九日→父の新盆→祖父の一周忌→父の一周忌→祖母の通夜・告別式・四十九日→祖母の新盆→父の三回忌(兼、祖母の一周忌・三回忌)とこの2年の間に仏教行事だらけだったわけで、それがようやく終わろうとしている。なんか節目感ある、ようやっと。

こう考えても、2年って結構長いな。でも、あっという間。

ボリューミーな毎日の中で少しずつ記憶は積み重ねられていって強烈だったこともどんどん遠くに行くのだなあ。父が亡くなったその瞬間のことを今でもよく覚えているけれど、その上にいろんな記憶が積み重なっていく。あの瞬間を絶対に忘れないけど、もう新鮮で生々しい記憶ではなくなっているんだよな…。

命日くらいは、しっかりと記憶を掘り起こそう。父は私にとって過去の人ではないのだし。いつまでも私の父親だし。それは現在進行形のことなのだし。そうして、また次の1年を過ごそう。

 

でもその前にまずは今日の仕事のタスクと、今晩のご飯について考えよう…。