ツーアウト満塁空振り三振

※ 個人の感想です

僕は文章が書けない

なるべくブログの更新は頻繁にしたいなあと思ってるのだけど、ブログを更新しないことよりも、書きたいと思うことが減っていることを憂いたほうがいいのかなとも思う。昔はつらつらと毎日よく書いていたなあと感心する。

もちろん時間という物理的なこともあると思うけど。学生の頃(ってもう15年以上前の話ですけどね)には読み返すとよく手の込んだテキストを毎日更新していたものだよと思う。どうしてあんなに書くことがあったんだろうねえ。で、振り返って思うのは、社会人5年目くらいまでが一番文章を書いていたし、文章を書けていた時期だと思う。

今は、たぶん一生のうちで一番、業務上で文章を書いていると思う。仕事はEC通販なのでメルマガは相当数書いているし(いまだにメルマガなのですよ、この業界)、商品紹介のテキストとか、単純に通達文とか取引先とのメールとか、企画書とか、文章をかくボリュームはわりと多いと思う。この仕事の前は広告宣伝関係で、打ち合わせ以外はひたすらテキストを書いているような業務だったので、やはりテキスト量はけっこうあったと思う。たぶん、そのころからブログの更新が減ってきた。

まず思い当たるのは当時はよく活字を読んでいたので、そのインプットが多かったのかもしれない。でもまあ単純に1日に書けるテキスト量の問題で、そのキャパがそんなに大きくないってだけの話なのかもしれないけど、書くときに使う脳みその部分が違うので、帰宅してからブログのモードに切り替わりにくいということなのかなと思っている。だから書かなくなるとブログに何を書いたらいいか、どう書いたらいいのかわからなくなって更新頻度が減る、よけいわからなくなるという悪循環。

でもねえ、やっぱり好きなことを好きなようにかける場はブログしかないわけで、書き方を忘れたくないのですよ。だから書きたいことがなくても、書くという行為は続けたい…。

書くときに気を付けていること

“書けない"私でさえ、大学の時の卒業論文では文章力が鍛えられたと思ってる。指導教授が「わかりやすい文章を書くこと」をとても大事にする人で、先生のテキストは実際簡易で分かりやすかったし、必ずしも論文で難しく書かなくてもよいのだということを教えてくれたのだが、その先生が口を酸っぱくして言っていたことが、主語と述語の一致だった。あれこれ説明や修飾語が入ると「だれがどうした」という部分の構成がおかしくなってしまうことがままあって、そこはよくつっこまれた。あとはこそあど言葉。「これ」だの「それ」がさしている言葉が正しいのかということは、書くときも、読むときにも意識させられた。これはよい訓練になって、今でも気を付けることができている。読みにくい文章も、主語と述語の構成と、こそあど言葉を整理するだけでもずいぶん読みやすくなるだろうと考えている。

 

でもやっぱり大切なのは「伝えたい」と思うこと

当たり前なんだけど、文章を書いて読んでもらっても伝えたいことを伝えたいと思ってないと全然伝わらない。さっき「書きたいことが見つからないから書けない」というようなことを言っておいてなんだけど、業務上の文章は形式が決まっていて、当てはめていくと伝えたいと思っているような文章は書けるものなのです。特に通販メルマガなんかは…。それらしい形に仕上げることはできる。週に何本も書いてHTML組んだりしているとたま~にそういうこともやってしまうのだけど、やっぱり形式に当てはめただけのものは効果がないのです。つまり伝わってないのだろうと。

「これは言いたい!私使ったらとてもよかった!」という商品の場合などは気持ちが入っているのか、形式としては今一つだけど妙に効いた!ということがままあるのです。そういうときに、やっぱ文章を書いて伝えようとすること自体をなめちゃいかんなあと思うわけです。メルマガごときでもそんな生みの苦しみがあるのだから、クリエイティブの方々は大変だなあといつも思う。

 

参考書

なんでこんなことを書くに至ったかというと、あんまり文章が書けないので下記2冊を読んだから。

 

新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)
 

「文章を完読してもらうために」どう書いたらいいかという解説をしてくれていて、「あ~これあるある!つい書いちゃう!」という文章の直し方が詳しく書かれています。主語と述語の一致の話はここでもいくつかのバリエーションで取り上げられていて、納得。

 

「文章で、モノを売る」ことについて突き詰めて書かれた解説書。より実用的。 

とりあえず私の業務上では、上記2冊があれば迷ったときなどに困らなそう。

 

あとタイトルは「僕は勉強ができない」からのもじり。

 

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

 

 懐かしい。そういえば学生時代していた家庭教師のアルバイトで、1年が終わるときに読書を全くしない生徒のJC(当時)にこの文庫本あげたことある。表紙が鳥羽潤(これも懐かしい)でねえ…、映画かなんかやったんでしたっけね。活字、入りやすかったかな、本への抵抗なくしてくれたかなとか当時は気にしたものでした。元気かな。