ツーアウト満塁空振り三振

生活密着型ウェブダイアリ1.0

モヤッと案件

モヤッと案件なので取り扱い注意です。

なんて言っても申し訳ないので、かわいい二宮くん画像を置いておきます。

 

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年末から入院していた祖父が他界しました。周囲は覚悟してたことだし、96歳で大往生だったと思います。入院中はちょっと苦しい思いをさせてしまったかもしれないと母が言っていたけど、これはもうお別れだとなったときに身内がそばにいたのは、不幸せなことではないと思っています。だから私は悲しいし寂しいけど、ちゃんとおじいちゃんにお別れを言わなくちゃなあと思っています。心配なのは、やっぱり見送るまで実際に動いていた人たち(母含む)の喪失感とか、実際の体調とか。今はバタバタせざるを得ないから忘れてるでしょうけど、今後ふっと気が抜けたりしたときに気をつけて欲しいなあとかそんなことを思っています。

こうして人が亡くなると、とても事務的な作業が増えるのも分かります。私は多分世間的にはいつまでも独身だし、半人前みたいなものだけど、事務的に何をしなくちゃいけないかくらいは分かっているつもりだしその準備もしていたけれど…。そこに終始しているってのはやっぱり寂しいことじゃないか。なんでそんな話ばかりなんだろうと思ってしまったり。香典の額なんかどうでもよくね?その前に気にすることあるんじゃない?

私自身季節の挨拶とか苦手なので、そこに気が回らないことが多いから回してくれるのはこうした場合にはありがたいことだけど、どうしてそんなに体裁ばかりと思ってしまう自分が居るのも事実。誕生日だからプレゼントをあげなくちゃいけない、母の日だからカーネーションを贈らなくちゃいけない、正月には年賀状を出さなくちゃならない、お祝い事にはお金を包まなくちゃいけない…常識なんだろうけど、そこに気持ちのこもらないものは、私は要らないなあと思ってしまう。でも世間的にはコレをやらないとダメな大人だと思われるんでしょうね。そういうことをしっかりやる大人になりたかったんでしょうね。私は、ちょっと違うかも。やらないよりやる人のほうがいいってのは、よく分かってるんだけど。

まぁ、こんなこと本人に言えって話ですね。ここも絶対読んでないだろうし。(つか読んでないから書くんだけどね。)